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おいしさ科学館コラム

Vol.18 この口紅は折れやすい?

執筆:山口 裕章(おいしさ科学館館長)

スティック状の口紅を使用している時、少し力が入ったために「口紅が折れてしまった」というご経験はありませんか?愛用の口紅が折れたときのショックは口紅を使用しない男性にはわかりづらいものです。しかし、Web検索エンジンで「口紅 折れる」というキーワードで検索すると「折れた口紅の修復方法」「折れないための使用方法」など数多くの記事がヒットすることから、口紅愛用者にとって「折れにくさ」はとても重要なことであることは、容易に察しがつくと思います。今回のコラムでは、その「折れやすさ」の指標となる分析方法について紹介します。

物性分析から「折れやすさ」を可視化

口紅の折れやすさを測定する手段として、実際に口紅を折る動作を模倣した方法が従来より知られています。例えば、楔型のプランジャーを用いて、口紅が折れるのに必要な力(破断荷重)を測定する方法が挙げられます。(図1)これは、破断荷重を口紅の硬さとみなして、「口紅が硬いほど折れにくい」とするものですが、データのブレが大きく、またやわらかいものでも折れにくい口紅が多くあることから、折れやすさの指標とするには適切ではありません。

<物性データから内部構造を見る>

そこで、おいしさ科学館では口紅の内部構造が折れやすさに影響を及ぼすものと考え、直径0.8mmの円柱プランジャーを口紅内部に進入させるおいしさ科学館独自法を検討しました(図2)。
図3は従来法では対応できなかった口紅(市販品3品)について、上記の手法で分析した結果です。折れやすい口紅はもろさ荷重(プランジャー進入に伴う荷重落差)が認められ、内部がもろい構造であることが確認できます。

上述のおいしさ科学館独自法を用いた分析の一例として、「一定以上の値を示したもろさ荷重を足し合わせる(=もろさ荷重合計値)」という分析手法をご紹介致します。分析対象としたのは弊社にて試作した口紅であり、その処方は口紅の基本処方に各種油剤(図4に示す4種)を配合したのものです。サンオイルGDI-D、GTI-D、DDIは太陽化学㈱製の油剤で、成分名はそれぞれジイソステアリン酸グリセリル、トリイソステアリン酸グリセリル、デカイソステアリン酸ポリグリセリル-10です。図4は、各種油剤を配合して試作した口紅のもろさ荷重合計値を示しており、この分析手法からは、最も折れにくい口紅がサンオイルGDI-D配合品であることが推測されます。

口紅の使用感と折れやすさ

これまでのご紹介からは「もろさ荷重合計値が大きいほど口紅が折れやすい」と推測されますが、実は、もろさ荷重がほとんど出現しないようななめらかな波形を示す口紅であっても、折れやすいものとそうでないものが存在します。一体、何が折れやすさを左右する要因なのでしょうか?
例えば、口紅の使用感による折れやすさが挙げられます。口紅をつけるとき、伸ばしにくいと使用者はついつい余分な力を加えてしまいます。その余分な力が口紅を折る原因にもなるわけです。このように、折れやすい口紅を分析データから見つけ出すには、口紅の内部構造以外のパラメーターを抽出して多元的に見る必要があるのです。
口紅の使用感については、その分析例としておいしさ科学館コラムVol.14にて紹介した手法を利用可能です(図5)。図5に示す関数式から、人の官能と相関の高いパラメーターを抽出することで、口紅の使用感を可視化する方法です。これにより、もろさ荷重だけでは識別できなかった『折れやすさ』を『使用感』という側面から可視化できる可能性があります。

それでも、多数の物性データを用いても折れやすさが捉えきれない場合もあります。そこで、そのための解析手法を一例として紹介します。図6は、口紅の「硬さ」「粘着性」「温度依存性動的粘弾性」などのいくつかの『使用感にかかわる物理パラメーター』の例と、それを用いた主成分分析結果のモデル図です。個々のパラメーターでは「折れやすさ」が見えてこなかった場合でも、このような多変量解析を行うことで、「かなり力を加えても折れないほどの硬さをもつ口紅」や「非常にねっとりした口紅」や「伸びの良い口紅」は折れにくく()、いずれも中途半端な性質を示す口紅は折れやすい()というような特徴が見えてくるかもしれません。

この口紅は折れやすい?折れにくい?

『この口紅は折れにくい!』この文句は、消費者に対して積極的に謳えるものではありません。しかし、口紅の折れは消費者クレームに繋がるものです。生産者の立場からすれば、規格適合品を作ったにもかかわらずなぜか口紅が折れる、という事態は出来る限り避けたいことだろうと思います。そのようなとき口紅の内部構造を見たり、それだけでわからなければ使用感を含めた様々な角度から検証してみてはいかがでしょうか。多様な分析・解析手法を検討することによって、折れやすい口紅ブランドに特徴的な性質が見えてくるかもしれません。

(2017年6月)

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