閉じる

食と健康Lab

食と健康Lab 食と健康Lab

学術コラム 学術コラム 学術コラム

ポリフェノール研究の現状と課題

越阪部 奈緒美
芝浦工業大学 システム理工学部 生命科学科 教授

1.ポリフェノールとは

ポリフェノールとは、ベンゼン環に複数の水酸基が結合した化合物の総称であり、天然物としてはこれまでに8000を超える化合物が同定されている。これらの中にはジフェニルプロパン構造を持つフラボノイド類や単純フェノール類、また加水分解型(ピロガロール型)タンニン類、縮合型(カテコール系)タンニン類に分類されている(1)。この中でも、フラボノイド類、単純フェノール類、縮合型タンニン類は食品の機能性研究のターゲットとなっており、特定保健用食品や機能性表示食品として70を超える成分が上市されている。これらの食品には、体脂肪の低減以外にも目の健康(老眼改善)、アレルギーの緩和、抗疲労など多彩な機能が表示されている。フラボノイドは最も研究されているポリフェノール類であり、緑茶に含まれるカテキン類、玉ねぎに含まれるケルセチンなどのフラボノール類、大豆に含まれるイソフラボン類やブルーベリーに含まれるアントシアニン類などがある。また単純フェノール類としては、カレーの色素であるクルクミンやコーヒーに含まれるクロロゲン酸などがある。一方、加水分解型タンニン類は、更にガロタンニン類・エラジタンニン類に分類され、生薬成分として知られている。また縮合型タンニンは、一部の食品に含まれるがその多くはリグナンとして木材に含まれる。近年の研究で得られた食品中のポリフェノール化合物の定量分析結果は、Polyphenol Explorerや米国農務省データベースに収載されている(2)。これらデータベースを元に算出した疫学調査結果によると、一日にヒトが食事から摂取するフラボノイド類は20mgから1gと幅がある。

2.ポリフェノールの有効性

前述したようにポリフェノールを含有する特定保健用食品や機能性表示食品には多くの機能が表示され、その表示の根拠となる in vivo からコホート、また介入試験にわたる多種多様の研究が行われている。多くのポリフェノールはそのカテコールやピロガロール構造により、 in vivo において強い抗酸化作用を有する。このため in vivo で発現する様々な効果が、これら抗酸化能に基づく作用であると考えられてきた。しかしながら、食事やサプリメントとしてポリフェノールを摂取した場合には、体内で代謝(後述)され化学構造が大きく変化することにより、その抗酸化能は失われてしまう。それにも関わらずポリフェノールの摂取により、抗炎症・抗アレルギー作用、骨粗鬆症予防作用、視覚機能調節作用、抗疲労作用、また最近では認知機能維持作用などといった有効性が報告されている。現在のところ、これらの機能性の中でエビデンスレベル1に相当するのは、心筋梗塞・心不全や脳梗塞・脳卒中といった心血管系疾患のリスク低減効果のみであると考えられる。ポリフェノールの中でも特にフラボノイドを豊富に含む食品と心血管系疾患のリスクの関係については国内外で疫学調査が実施されており、茶(紅茶)、ココアやチョコレート、りんご、玉ねぎ、赤ワイン、イチゴなどの食品の摂取頻度と心血管系疾患リスクとの間には負の相関が認められている(3)。他のフラボノイド類と比較して、フラボノールには強い心血管系疾患のリスク低減が認められていることから、微細な化学構造の違いが大きく作用の発現に影響することが示唆されている。またフラボノールを豊富に含む食品の循環系に対する影響について多くの介入試験による検証結果があり(4)、チョコレートの摂取により軽度の高血圧患者の血圧が有意に低下するといった有効性が明らかとなっている。また同様に、脂質異常症やインスリン感受性の改善効果が確認されている。このようなポリフェノールの有するメタボリックシンドロームのリスクファクターの改善効果が、心血管疾患リスク低減につながっていると推測される。

3.ポリフェノールの生体利用性

食事から摂取したポリフェノールの生体内における挙動はその化学構造によって大きく異なることが報告されている。フラボノール以外のフラボノイド類は配糖体として植物中に存在しており、アグリコンのみならずその糖鎖の種類によっても動態が異なる。アグリコンのうち、カテキン・イソフラボン・フラバノール・カルコンは比較的吸収されやすいが(吸収率5~30%程度)、アントシアニンや縮合型タンニンの生体への移行率は極めて低く難吸収性である(~0.1%程度)(2)。これらの化合物は一旦腸管上皮細胞内に取り込まれ、配糖体の一部が乳糖-フロリジン加水分解酵素(LPH)やβグルコシダーゼ(CBG)の作用によって加水分解されアグリコンが切り出される。その後受動拡散によってカテキンやフラバノールなどのアグリコンは上皮に取り込まれるが、アントシアニンや縮合型タンニンはトランスポーターであるP糖タンパク質や多剤排出タンパク質(MRP)を介して細胞から排出され消化管に戻る(図1)。このように腸管上皮細胞への取り込みと排出は、親化合物の化学構造に大きく依存するが、その認識機構については不明である。また腸管上皮細胞に取り込まれたアグリコンのほとんどはグルクロン酸転移酵素によりグルクロン酸抱合、硫酸転移酵素により硫酸抱合、カテコール-O-メチル転移酵素によってメチル化を受け、循環血流中に入る。循環血中に分泌したアグリコン代謝物は肝臓において、フェーズⅡ肝臓代謝酵素によって更なるメチル化、グルクロン酸抱合化または硫酸抱合体化を受け水溶性となる。このため抗酸化活性を有する親化合物と体内に存在する代謝物の構造は大きく異なり、一般的な生体利用性(活性体の生体内への移行率)は極めて低い。循環血流中のアグリコン代謝物は腎臓で一部脱抱合され、尿中に排出される。一方、吸収されずに消化管に残存したり、胆肝循環によって肝臓から消化管に排出されたポリフェノール類はそのまま大腸に到達する。大腸に存在する多様な腸内細菌叢はアグリコンおよびその代謝物のフラボノイド環構造を瞬時に分解し、フェノール酸や水酸化ケイ皮酸エステルといった低分子に分解する(図2)。これらの分解物の一部は大腸上皮細胞から吸収され、循環血流に分泌され、再び肝臓で二次代謝を受ける(5)

4.ポリフェノールの機能性発現メカニズム

栄養素は分解され低分子となって生体に吸収・利用される一方、プロドラッグを除く多くの生体外物質は、摂取(又は投与)された活性本体が標的臓器に分布し、何らかの生化学的変化を生体分子に与えることでその活性を表す。しかしながら、ポリフェノールについてはそのようなメカニズムを想定することは難しい。前述したようにポリフェノール類は易吸収性化合物(カテキン・イソフラボン・フラバノール・カルコンなど)と難吸収性化合物(アントシアニン・縮合型タンニンなど)に大別される。難吸収性化合物はもちろんのこと、前述のように易吸収性化合物であっても生体内で代謝を受けることから、活性本体である親化合物の組織内濃度は極めて低いからである。一方で、疫学調査や介入試験においては、ポリフェノール類の摂取が心血管疾患の予防に効果的であることは明らかであり、“吸収されにくい”にも関わらず“明らかな有用性を示す”という矛盾、すなわち「ポリフェノールパラドックス」が作用メカニズム解明の上で大きな壁となっている。

最近では、大腸に到達し腸内細菌叢によって分解されたポリフェノール分解物が吸収され、組織に移行して生理活性を発現するという仮説の検証のため、多くの研究者が糞便中の代謝物についてメタボローム解析を実施している(6)。これらの研究結果では、摂取したポリフェノールの種類に関わらず、糞便中にはほぼ同じ分解代謝物が検出されるため、疫学調査や介入試験で認められる化合物間の活性の差異を説明することは難しい。

一方、これまでに実施された介入試験において、ポリフェノール含有食品を摂取した後、2~4時間という短時間でFlow Mediated Dilatation(FMD)を指標とした血管内皮機能が改善されることが報告されている(4)。血管内皮機能は高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満、運動不足、喫煙などの慢性的な要因によって障害される。また動脈硬化における血管内皮機能の低下は顕著であり、進行により心筋梗塞や脳梗塞といった心血管疾患を引き起こすことが知られている。このような長期にわたって惹起された障害が、ポリフェノール類を摂取した直後に一過的に緩和されることは非常に驚くべきことであり、多くの研究者がそのメカニズムについて解明を進めているが、未だ詳細は明らかとなっていない。そこで我々もポリフェノール投与直後に起こる循環系の変動に着目し、実験動物を用いて投与後の大循環および微小循環に対する影響について検証することとした。エピカテキンおよびその重合物の画分であるflavan 3-olsをラットに強制経口投与し、投与直後からの血圧・心拍数・挙睾筋細動脈血流量の変化を60分観察したところ、血圧・心拍数は投与直後から上昇し60分後には投与前値に戻った。一方、睾丸周囲にある挙睾筋の細動脈血流量は60分間を通して顕著に上昇した。また投与60分後に摘出した大動脈における一酸化窒素合成酵素(eNOS)のリン酸化が亢進した(7)。また我々は、同様な条件下におけるエネルギー代謝の変動についても検証を行った。Flavan 3-olsをマウスに強制経口投与し、投与後24時間の呼気を分析し、エネルギー代謝量を算出したところ有意な上昇が認められた(8)。また投与2時間後においては血中アドレナリン濃度の有意な上昇と同時に、褐色脂肪組織の熱産生タンパク質である脱共役タンパク質(UCP-1)や骨格筋におけるエネルギー代謝のキーとなる転写コアクチベーターであるペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α(PGC-1α)の増加が認められた。一方これらの変化は、アドレナリン受容体阻害剤の併用によって消失した(9)。以上のことから、flavan 3-olsの投与により交感神経が興奮し、神経末端から分泌されたカテコールアミンにより、循環刺激作用やエネルギー代謝亢進作用が発現することが明らかとなった(図2)

5.今後の研究課題

前述のようにポリフェノールは、フェノール性水酸基を複数持つ化合物の総称であり、抗酸化作用や心血管系疾患予防作用を持つと言われている。しかしながら、これらの化合物の作用強度には明らかな差異がある。我々はこれまでに20種類強のカテキン・フラボノール・フラバノン・アントシアニン・イソフラボン・単純フェノール・テアフラビン(緑茶カテキンダイマー)・プロシアニジン(エピカテキンオリゴマー)に属する化合物をマウスに同用量投与した後の循環刺激作用について比較したところ、活性発現には微細な化学構造の違いが大きく影響することが示唆された(10)。これらのことは、分子量や化学構造も様々な8000以上の化合物の集合体である“ポリフェノール”をひとくくりにして、その活性を議論することは妥当ではないことを示している。今後のポリフェノールの機能性研究においてはいくつもの課題があるが、そのひとつとして統一された評価系による化合物の作用強度・作用特性を明らかにすることが挙げられるだろう。またもう一つの課題として適切な摂取量の設定がある。我々は最近、flavan 3-olsまたはその構成成分を数用量動物に投与し、循環刺激作用ならびにエネルギー代謝亢進作用について用量反応性を検討したところ、食品から摂取可能な用量においてはいずれの作用も発現したが、食品から摂取不可能な高用量では効果が消失するという興味深い現象を確認している(11)。また、単独では効果の見られない高用量とα2アドレナリン受容体阻害剤の併用実験では、いずれの作用も強く発現した。この結果は、高用量投与による交感神経の過度な興奮を上位の中枢に存在するα2アドレナリン受容体が抑制した(ネガティブフィードバック)と考えられ(11)、化合物によって適切な用量が存在することを示唆している。更に最も大きな課題としては、ポリフェノール作用発現メカニズムにおける脳-消化管軸の役割の解明である。ポリフェノールは“渋味”化合物として生体に認識されているが、その機構は明らかとなっていない。この“渋味”認識の詳細を解明することによって、ポリフェノールの作用メカニズム研究は画期的に前進すると考えられる。

(2017年3月)

1)E. Haslam: Practical Polyphenolics; From Structure to Molecular Recognition and Physiological Action. Cambridge University Press ISBN: 9780521675598(2005).
2)C. Manach, A. Scalbert , C. Morand, C. Remesy & L.Jimenez Am J Clin Nutr. 79, 727 (2004)
3)M.Quinones, M. Miguel & A. Aleixandre. Pharmacol Res. 68, 125 (2013)
4)H.Sies H. Arch Biochem Biophys. 501, 2(2010)
5)C.P.Bondonno, K.D. Croft, N. Ward, M.J. Considine & J.M. Hodgson. Nutr Rev. 73, 216(2015)
6)S. Moco, F.P. Martin, & S. Rezzi. J Proteome Res. 11, 4781(2012)
7)K. Inagawa, N. Aruga, Y. Matsumura, M. Shibata & N. Osakabe. PLoS One. 9, e94853 (2014)
8)Y. Matsumura, Y. Nakagawa, K. Mikome, H. Yamamoto & N. Osakabe. PLoS One. 9, e112180 (2014)
9)N. Kamio, R. Suzuki, Y. Watanabe, Y. Suhara & N. Osakabe. Free Radic Biol Med. 91, 256 (2016)
10)N. Aruga, M. Toriigahara, M. Shibata, T. Ishii, T. Nakayama & N. Osakabe. J. Funct Foods. 10, 355 (2014)
11)A. Saito, R. Nakazato, Y. Suhara, M. Shibata, T. Fukui, T. Ishii, T. Asanuma, K. Mochizuki, T. Nakayama, N. Osakabe.The impact of theaflavins on systemic-and microcirculation alterations: The murine and randomized feasibility trials.

太陽化学のメールマガジン

太陽化学からみなさまへ情報提供のためにお送りしています。
「情報と出会うキッカケ」となれば幸いです。
知ってトクする「技術・製品・提案情報」をお届けします。

お問い合わせ

製品情報、IR、その他のお問い合わせは
下記ページからお願いいたします。