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高橋 徹

腸での水の吸収と水の拡散

高橋 徹
福岡女子大学国際文理学部 食・健康学科 准教授

水の吸収

 高等学校の生物学の教科書には、「水は大腸で吸収される」と記載されております。しかし、実際には口から入った水分のほとんどが小腸で吸収されます。大腸には結合水さえも吸収できる強力な水吸収能力があるため、教科書上では「水は大腸で吸収される」という記述になったのかもしれません。動物実験だと、胃に水を入れて20-30分後には、水は小腸に流れ込んで小腸から吸収されてしまいます。飲料や食品の場合、大切なのは小腸での水の吸収です。

水の吸収率は重要な指標か?

 無麻酔の動物で実験をしてみると、小腸での水の吸収率(g/100 g)は比較的高いことが分かってきました。20-30分もすれば、ミネラルウォーターもスポーツ飲料も経口補水液もほとんどが吸収されてしまって飲料の差がまったくなくなってしまいます。特殊な場合を除いて、水の吸収率は、水の出納を考える際には、それほど重要な指標ではないと考えられます。

水の吸収速度を変える因子

 水の吸収は時間依存ですので、水の吸収を考える際には、水の吸収速度(g/s)が最も大切な指標になります。水の吸収速度に対しては、ナトリウム、糖、マグネシウムのほか、水ポテンシャル、自由水や水の拡散速度が影響を与えることもわかってきました。一方で、カリウムは水の吸収速度に対する影響はなさそうです。スポーツ飲料の中にはミネラルウォーターよりも水の吸収速度がはるかに遅い商品がありますが、これは糖含量が高すぎることが原因である可能性があります。


水の吸収速度を速くするのか?遅くするのか?

 飲料の水の吸収速度は、速くすることも遅くすることも可能です。問題は、水の吸収速度は速いことが状況に適しているか、遅い方が適しているのかという「問い」です。頻繁に水を補給するとスポーツのパフォーマンスが向上します。しかし、水を補給する時間が限定される種目があります。マラソン選手もサッカー選手も自分の都合では水の補給ができません。また、高齢者は水を飲む頻度が低くなります。水補給回数が限られた状況では、ゆっくりと水を吸収することが意味を持つようになります。一方で、1分を争うような状況では水吸収を速くすることが意味を持つことがあります。「水吸収をすみやかにすることは良いことだ」という風潮を感じることがありますが、状況に適した水の吸収速度があるはずです。

水の吸収速度を緩和する

 スポーツをする状況や高齢者を対象にした場合、水の吸収速度を遅くすることが適していることが多くなります。もし、経口補水液を設計する状況であれば、ナトリウム、糖、マグネシウム含量を大きく変えることができなくなります。このような状況では、飲料中の自由水含量や水の拡散係数を制御することが有効になります。

自由水とは

 ここで、自由水についてご説明いたします。水は、自由水と結合水に分けることができます。結合水は、物質の水酸基に水素結合した水分子と、その結合した水分子にさらに水素結合した水分子の層を含みます。自由水は、結合水以外の水で、自由に移動できる水です。水吸収に関わる範囲の自由水の測定には、MRI、浸透膜を使った方法、遠心分離器を用いた方法が条件次第で使用できます。しかし、水分活性では、水吸収や生理現象に関わるような範囲の自由水含量の差を示すことは難しいです。

水の拡散の生理的な意義

 水の拡散や自由水は、分子の移動やブラウン運動と関係があります。消化管内でも分子や栄養素の移動にはブラウン運動と関連が深いと考えられます。この根拠になるのは、分節運動や蠕動運動が起こったときの消化管内の流れのシミュレーションの結果です(Takahashi 2011)。消化管内では乱流が存在しないことと、分節運動や蠕動運動では分子レベルでは混合が起こらないことから、分子の移動は分子拡散が主役になります。分子拡散は、ブラウン運動に依存します。ブラウン運動を制御しているのは水の拡散や自由水になります。すなわち、消化管内での分子の移動を考慮するのであれば、水の拡散や自由水が重要な因子になります。消化管内での水分子の移動も、自由水の中で起こり、水の拡散係数に依存すると考えられます。消化管内での水分子の移動を制御すれば、水吸収の速度が遅くなると考えられます。

水の拡散係数や自由水と水吸収

 水の拡散係数および自由水は、水酸基を持つ分子が高濃度に溶解あるいは懸濁していれば、低下します。グァーガムを部分的に加水分解した水溶性食物繊維(製品名:サンファイバー®)は、溶液中の分子の拡散を低下させることが明らかになっております(Takahashi et al. 2009)。また、サンファイバーには水酸基が多いため、自由水を減らして水の拡散係数を減少させることが予測できます。そこで、サンファイバーを添加することによって水吸収速度が緩やかな飲料になるというアイデアが生まれました。このアイデアは、太陽化学株式会社の研究や営業に携わる方々が暖めておられました。たまたま、小生に声を掛けていただいたことで、サンファイバーを添加した経口補水液の開発に加えさせていただきました。

サンファイバーウォーターの開発

 予測どおり、サンファイバーを添加した経口補水液は、飲料中の水の拡散係数と自由水含量を低下させ、小腸での水の吸収速度を遅くすることが無麻酔の動物実験で明らかになりました。予測できない結果もございました。サンファイバー添加で胃から小腸への流入速度が速くなったことです。運動していても胃に留まる量が少ないため、運動中に胃の中の水分が気にならないことが予測できます。このような機序に水の拡散係数が関わっているのかは未だ不明です。
 なお、サンファイバーを添加した経口補水液は、サンファイバーウォーターという商品名で発売されております。

水の拡散および自由水の周辺

 水の拡散および自由水は、水吸収だけに関わる訳ではありません。糖吸収の速度と食後血糖についても中心的な役割を担っております。これまで、糖吸収および食後血糖を決定する因子は、消化管内の糖の自己拡散だということをシミュレーションで示してきました(Takahashi 2011)。特に、消化管中心部の糖の自己拡散が重要です。消化管内の糖の自己拡散に水の拡散係数や自由水が大きく関わっていることが明らかになってきております。食後血糖は、消化管内での水の拡散係数や自由水の減少を介して、水溶性食物繊維ばかりでなく非水溶性食物繊維によっても緩和することが明らかになっております(Takahashi et al. 2005)。

水吸収の周辺

 水吸収の小生の研究に関しては、水ポテンシャルに関する研究から始まりました。水ポテンシャルは、水の移動について示す物理指標です。土壌や植物を扱う分野では、水の移動を水ポテンシャルで説明することが多く見られます。最初に、水ポテンシャルを用いて動物体内での水の移動を説明しようとしたのはボディル・シュミットニールセンという研究者です(Schmidt-Nielsen 1995)。しかし、動物体内で水ポテンシャルを数値化している報告はありませんでした。そこで、消化管内での水ポテンシャルを数値化するためのシミュレーションと動物実験の系を考案して、水吸収についての研究を始めました。固形粒子の添加によって消化管内容物の粘度が上昇すると小腸での水吸収が促進されますが、これは消化管内容物を流すために必要な圧力が上昇した結果、小腸内での水ポテンシャルが上昇したことが原因と考えられます(Takahashi et al. 2005)。今後は、自由水やイオンなどの水吸収機序と、水ポテンシャルによる水吸収機序を統合して、一般的な水の吸収機序が明らかになればと思っております。

水吸収研究の屋台骨を支えた解析技術

 近年の統計学の発達はめざましいものがあります。人工知能、ビックデータ、自動車の自動運転、音声認識等に用いられている解析技術が、個人レベルでも使えるようになってきたことが背景にあります。このような解析技術を、データマイニングあるいは機械学習といいますが、水吸収の研究もデータマイニングに支えられた部分が大きいです。水吸収の研究では、一つの実験で30を越す測定項目があります。データマイニングの中には、多数の測定項目間の因果関係を算出する解析技術があります。ベイジアンネットワークという手法です。多数の因子間の因果関係をベイズの定理を用いて計算する解析技術ですが、その解析結果には知性を感じますし、大いに納得させられます。ベイジアンネットワークの解析は、脳内のネットワークの解析にも精通している神奈川県立保健福祉大学の徳永美希先生にしていただきました。
 ベイジアンネットワーク、決定木、コレスポンデンス分析、テキストマイニング等のデータマイニングは今後も様々な研究で活躍すると思います。しかし、まだ知名度が低いために、発表時には説明に時間を長く割かねばいけないのが、辛いところです。生理学や栄養学の分野でもデータマイニングがもっと普及することを願って紹介させていただきます。

(2015年7月)

引用

 B.Schmidt-Nielsen, August Krogh Lecture. The renal concentrating mechanism in insects and mammals: a new hypothesis involving hydrostatic pressures. American Journal of Physiology. 268(5 Pt 2) R1087-100, 1995
 T.Takahashi, S.Karita, N.Ogawa, M.Goto, Crystalline cellulose decreases plasma glucose concentration and stimulates water absorption by increasing the digesta viscosity in rats. The Journal of Nutrition 135(10) 2405-2410, 2005
  T.Takahashi, T.Yokawa, N.Ishihara, T.Okubo, D. Chu, E.Nishigaki, Y.Kawada, M.Kato, L.R.Juneja, Partially hydrolyzed guar gum decreases postprandial blood glucose and glucose absorption in the rat small intestine. Nutrition Research 29(6) 419-425, 2009
  T.Takahasi, Flow behavior of digesta and the absorption of nutrients in the gastrontestine. Journal of Nutritional Science and Vitaminology 57(4) 265-273, 2011

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