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腸内細菌研究のもう一つのフロンティア 「野生動物の腸内細菌」

牛田一成
中部大学創発学術院 応用生物学部 教授
土田さやか
京都府立大学大学院 生命環境科学研究科 特任講師

腸内細菌に対する認識の変化

腸内細菌の研究が進む中で、たとえば「ヒトの個体」を表現する時に、その個体自身の細胞や器官ネットワークに加えて腸内細菌のように体に棲みついている微生物を含めた細胞のすべて、つまりは、ヒトゲノムに加えて腸内細菌のゲノムを含む総体が、「ヒトの個体」であるとする考え方が急速に支持を集めている(1)
同時に、腸内細菌は宿主の保健に重大な貢献をしていることが知られるようになったが、最近では、腸内細菌は宿主の身体の重要な一部で肝臓や腎臓に匹敵する規模で機能する「器官」とよんでもよい、という考え方も受け入れられるようになった。2000年ころに提案されたDysbiosisという用語も十分に定着し(2)(3)、腸内細菌叢と疾病の関係も広く議論されるようになっている。過去には、「細菌というものはもっぱら病気の原因となるもので除菌しなくてはならない」という考え方が主流だったと思うが、例えばアトピーのようなアレルギー性の病気が過度の衛生管理によって引き起こされている可能性が認識されるにつれ、「我々の身体というものは腸内細菌や皮膚の細菌とのクロストークの上に成立しており、我々の身体を健全に保つ微生物の構成が存在する」という考えが生まれ、一律の除菌というような考え方は受け入れられなくなってきた様に思う。

  • Dybiosis :腸内細菌を含めた腸内環境が悪化している状態

野生動物の腸内細菌の役割

野生動物の腸内細菌の役割

われわれのように野生動物を対象とした研究分野でも、腸内細菌の重要性に注目が集まるようになってきた。たとえば、コアラをみてみよう。彼らは、有毒なユーカリを食べて生きているが、解毒の一部は彼らの持つ特別な腸内細菌に依存している。元々、植物は草食性の動物による捕食から逃れるために、いろいろな毒物や反栄養物質で武装している。そうした植物をあえて食べ物にするためには、植物側の武装を解除しなくてはならないのである。このような野生動物の餌食物に含まれる毒物や反栄養物質の分解解毒は、その相当部分が特定の腸内細菌によって担われていることが明らかになってきた(4)(5)(6)(7)(8)。こうした宿主の生存に必須の腸内細菌は文字通り「宿主の一部」となっており、こうした関係を共生というし、そうした関係に基づいてお互いの生物が進化することを共進化という。
私たちは、アフリカの森に暮らすゴリラやチンパンジー、アフリカゾウ、アカカワイノシシ、サバンナのイボイノシシ、砂漠のハネジネズミなど、アフリカの様々な野生動物に加えて、アジアイノシシ、ニホンザル、ニホンライチョウなど日本の野生動物の腸内細菌を分離して、その能力を調べるとともに、共進化の機構を解明しようとしているが、その話に進む前に、腸内細菌研究の歴史を概観してみたい。

腸内細菌研究の歴史

1. 腸内細菌研究の起源

腸内細菌研究の起源をさかのぼると、顕微鏡の発明者であるAntonie van Leeuwenhoekに至るだろう。Leeuwenhoekよるヒト糞便観察が18世紀に記録されているからである。それ以降、Louis PasteurやH. H. Robert Kochがもたらした近代細菌学の発達により、Theodor Escherichによるヒト糞便由来大腸菌の発見 (1886)、Henry Tissierによる乳児糞便由来ビフィズス菌の発見(1899)、 Ernst Moroによる幼児の胃内容物由来のLactobacillus acidophilusの単離(1900)と続いた。
偏性嫌気性菌は、Arnold H. EggerthとBernard H. Gagnon によるEG培地の開発(1933)で、現在でもなじみの深い細菌の分離が次々と成功するようになった。その後、Robert Hungateによってロールチューブ法が開発され(1945)、偏性嫌気性菌のなかでも極端に酸素耐性の低い嫌気性細菌(EOS)の分離数が増加することとなった。1970年代になってLillian V. HoldemanとWalter E.C. Mooreらのバージニア工科大学グループによって嫌気性菌の取り扱いや生化学同定法の基準となる腸内フローラ検索法が確立され、VPIマニュアル(初版)として、1972に出版された。それに先駆けて日本でも、光岡知足によって嫌気性菌の取り扱い(ロールチューブに代わるプレートインボトル法など)やそれらに基づくフローラ検索法が確立され、成書として腸内菌の世界(1980)が出版されている。

2.培養に依存しない方法論

腸内細菌研究は、近年の分子生態学手法の発達により培養に依存しない解析法が開発され、「生物としての細菌」ではなく、単なる「情報としての細菌」(具体的には「単なる系統情報としての細菌」)の多少(DNAクローンライブラリー中のクローン数であったり、次世代シーケンスの場合のリード数の多い少ないであったりする)と疾病等の統計的関連づけが行われるようになっている。しかし、「ある病態」と「ある腸内細菌グループの多い少ない」に相関関係があることをあたかも因果関係があるように偽装する議論が横行しているようにも見えることは、はなはだ遺憾である。腸内細菌構成の変動が原因なのか、結果なのかは、この研究方法ではわからないからである。
方法論的にも、細菌16S rRNA遺伝子のごく一部分を取り出してきた配列同士を比べて97%や98%以上の配列相同性があるものを一気にひとまとめにして「同一種の細菌(仮想的にOTUと表現する)」とすることや、そのグループの代表配列をデータベースと照合する作業を「細菌分類上の同定」といえるのかどうかについて疑問が残るうえに、細菌学では16S rRNA遺伝子の系統情報自体は分類上の概念であってその細菌の持つ機能性や生理情報を明らかにしたことにはならないことも、この種の作業の有効性に疑問が残る点である。とりわけ、門(phylum)レベルや綱(class)や目(order)レベルでみた細菌分類群の「多い少い」と特定の疾病の発現にどのような具体的な意味があるのか、はなはだ疑わしいと思っている。
「ある病態とある腸内細菌門の多少の関係性」を示すことは、ある生態系を表現する際に、「この生態系には、裸子植物門よりも被子植物門の生物が多く、また動物では軟体動物門が多く脊椎動物門の生物は少ない」というようなことを示すのと同じなのだが、「この生態系とあの生態系が違っている」ということを表現する以上に、このようなやり方が病因論としてどのような意義があるのか、と思ってしまう。
最近では病因論として多因子説が受け入れられているものの、筆者は、細菌学から見た場合、コッホの原則は今でも有効であると考えているので、このような上位の分類階級で「病因」を表現されることに違和感を持ってしまう。生態系の保全を考える場合でも、「門」レベルの議論ではなく特定の絶滅危惧「種」に関する議論がなされる方が普通だからである。

3.腸内細菌の分離と同定の必要性

医学細菌学だけではなく農学分野の応用微生物学においても、細菌を分離することが必須であることは同意いただけると思う。しかし、腸内細菌の培養自体が技術的に必ずしも容易なものではなく、難培養性あるいはVNC (Viable not Culturable)とよばれるものが少なくないのも現状である。研究が進んでいる人間の腸内細菌、実験動物や一部の家畜の腸内細菌であっても、PCRだけで検出されているVNCの存在が知られているし、われわれが取り組んでいる野生動物の腸内細菌研究では、培地も培養法も非力であるため、仮に排泄直後の糞を採取できたとしても大多数の細菌を分離することが出来ていない。
たとえば、ガボン共和国の野生アフリカゾウ(シンリンゾウLoxodonta africana cyclotis)の糞試料からDNAを抽出し、次世代シーケンス解析を実施したことがあるが、その際に得られた配列の実に30%以上が綱レベルですら同定されない結果となった(9)。種(厳密にはOTU)レベルで見るとこのアフリカゾウの糞便に見つかる細菌中で最も優占する細菌(OTU)は、Firmicutes門に属する「何か」であって、綱レベルでの同定すら出来ないような「何か」であった。あるOTU集団のリード数が多いということと、実際にその部分配列を16S rRNA遺伝子中に持っている細菌がこのゾウの大腸内で最も多いかどうか、は定量的に明らかに出来ていないが、このように同定が出来ない細菌がアフリカゾウの腸内細菌の最優占種であり、アフリカゾウの暮らしと密接に関係しているのだろうと考えた場合、この細菌を分離したうえで解析を実施しなくては、アフリカゾウの暮らしを支える腸内細菌を解明したことにはならないと思う。次世代シーケンスデータによるプロフィールだけでは、せいぜい、同じ森に生息するゴリラやチンパンジーの腸内細菌の構成とは違っている、動物園のゾウとは違っているというようなことが言えるだけである。
おそらく人間の腸内細菌の場合でも、何かの疾病との関わりが疑われる「綱レベルの名前すらわからない細菌」があったとして、その因果関係を証明するためには、この「何か」を分離して証明する必要があるのではないだろうか。腸内環境とその「何か」の関係性を議論する場合でも、単離菌での検討が欠かせないというのは、VNCという現実を無視した主張になってしまうのだろうか。

  • VNC:存在するものの培養できない細菌の総称

野生復帰個体群の創出を目指した有用細菌の分離と確保

VNCは、未来永劫VNCのままであるということではないと思う。細菌学の歴史は、それまで培養できなかった細菌の分離培養法の開発の歴史であるからだ。そういう意味で、VNCという用語の使用は細菌学の敗北を意味するとさえ思う。
絶滅が危惧される動物を生息域内で保全することを生息域内保全といい、動物園などで遺伝資源として保全することを生息域外保全という。生息域外保全では、増殖した個体群を野生に復帰させることが前提にされる場合とされない場合があるが、一般に飼育個体の野生復帰を実現することには大きな困難が伴う。生存に高度な学習が必要な高等動物であればあるほど、植物食の性質が強ければ強いほど、その困難は大きい。とりわけ、腸内細菌による消化や解毒を必要とする様な餌食物に依存しなければならない場合、そうした機能を持った腸内細菌を失ってしまった飼育個体を野生復帰させることは現実的ではない。
動物園では、コアラ飼育のような特殊例を除くと、一般に人間の食べる果物や野菜を食物として与える。私たち人間は、野生の植物を飼い慣らして作物を作り、野生動物を飼い慣らして家畜を作ってきたが、その過程で、野生植物の防御物質や野生動物の性格を変えてきた。私たち自身も、それによって、野生の生活に必要な腸内細菌を失うことになるのだが、そのような作物を与えられる動物園の展示動物たちも野生の生活に必要な腸内細菌を失ってしまっている。加えて、薬品の発達によって微生物環境に効率よく介入できるようになったため、いっそう野生生活に必要な腸内細菌が失われることとなった。

野生復帰個体群の創出を目指した有用細菌の分離と確保

現在、我々のグループが、環境省の環境研究総合推進費を受けて取り組んでいるのは、ニホンライチョウの飼育個体を野生復帰させるための腸内細菌の研究(参照)で、具体的には野生のライチョウの暮らしに必要なライチョウ固有の腸内細菌を分離し、雛に接種して野生型の腸内細菌叢に近いものを再構築する研究である。野生型の腸内細菌を喪失した状態の雛(10)にライチョウが食べている野生の食物をあたえると、たとえばタデ科の高山植物に多く含まれるシュウ酸によって腎臓に障害が発生して死に至る場合がある。ハイマツや多くの高山植物の実に含まれるタンニンも、それを分解する細菌がいないと消化に障害をおこしてしまう。こうした細菌をあらかじめ野生復帰を目指した個体群に接種する方法を確立しようとしている。
動物園の環境に蔓延する日和見感染菌に対抗するために、雛には一定期間、低濃度の抗菌剤が連続処方されるが、それによって菌叢の単純化が進むばかりか薬剤耐性を持った日和見菌の定着が進んでしまうことも問題である。これでは、冒頭に記載したDysbiosisの状態を人為的に作成していることに他ならないからである。そのため、低濃度の抗菌剤の連投による予防法を置き換えた飼育方法をライチョウ由来の細菌を使って試みてもいる。
これまでに、1,000株近い野生ライチョウ由来の細菌を確保しており、有望な乳酸菌株などを見つけている。現在でも、新しい培地や培養法の開発を通じて、さらにコレクションを拡張しているところである。

次世代シーケンス解析からさらに一歩、前に進もうとすると、そこには過去に一世を風靡した腸内細菌の分離培養技術が、再び眼前に甦ってくるのである。

(2017年12月)

参考文献
(1)Qin et al. 2010. Nature 464, 59-65
(2)Sartor, 2001. Curr Opin Gastroenterol., 17:324-330
(3)Farell and LaMont, 2002. Gastroenterol Clin North Am 31:41-62
(4)Allison et al. 1992 Sys Appl Microbiol 15, 522-529
(5)Osawa et al. 1993 Biodegradation 4(2) 91-99
(6)Anderson et al. 2000 Int Sys Evol Microbiol 50(2) 633-638
(7)Tsuchida et al. 2017a J Gen Appl Microbiol 63(3): 195-198.
(8)Tsuchida et al. 2017b Jpn J Zoo Wildlife Med 22(3): 41-45
(9)Tsuchida and Ushida, 2015 TROPICS 23 (4):175-183
(10)Ushida et al. 2016 J Vet Med Sci. 78(2):251-257

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