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食品開発におけるガラス転移温度の利用意義とその可能性

川井 清司
広島大学大学院 生物圏科学研究科 准教授

1.はじめに

はじめに

近年,固体食品の大部分が非晶質(無秩序構造)であり,温度変化や水分変化によってガラス転移すること,ガラス転移によって加工性,保存性,食感などの性質が大きく変化することなどが明らかとなり,食品のガラス転移温度を理解することの重要性が認識されつつあります。しかし,食品開発に携わる研究者にとって,こうした物性に関する話題は馴染みが少なく,難解な印象を受ける方も多いようです。そこで本稿ではガラス転移について基礎から解説した上で,食品での検討事例についてご紹介いたします。

2.ガラス転移とは

先ずは温度変化に伴う物質の状態変化について,低分子の結晶(スクロースなど)を例に説明します。図1の縦軸は物質が持つエネルギーを,横軸は温度をそれぞれ表しています。結晶は構成分子が規則正しく配列した安定な状態にあります。結晶の温度を上げていくと,融点(Tm)で融解して液体になります。液体の分子は比較的自由に動きまわっており,無秩序な状態(非晶質)にあります。一方,液体の温度を低下させていくと,(Tm)以下で結晶化します。ここで“以下”としたのは,結晶化の引き金となる核生成が確率的な現象であり,必ずしも(Tm)で結晶化するとは限らないためです。即ち,液体は多かれ少なかれ過冷却します。過冷却の進行によって核生成頻度は高くなり,結晶化し易くなります。一方,温度の低下によって粘度が増加(分子運動性が低下)するため,過冷却がある程度まで進行すると,そこから先は結晶化し難くなります。その結果,過冷却はさらに低温まで継続し,やがて液体は流動性を失って固まります。これがガラス化であり,ガラスと過冷却液体との間での状態変化をガラス転移と,ガラス転移が起こる温度をガラス転移温度(Tg)といいます。Tgでの粘度は物質によらず1012Pa∙s程度といわれています。液体のガラス化には結晶化の回避が必要です。水の様に粘度が低く,結晶化し易い液体のガラス化には超急速冷却(液体窒素を用いて冷却した金属板に水蒸気を吹き付けるなど)が求められます。しかし,スクロースの様な粘度が高い液体であれば,高温の融液を自然冷却するだけでガラス化します。
ここでは低分子を例に説明しましたが,高分子の場合は結晶をヘリックスなどの秩序構造領域として,非晶質をランダムコイルなどの無秩序構造領域として捉えれば,同様に考えることができます。但し,それぞれの状態を表す名称は若干異なります。液体状態は流動状態と呼ばれ,柔らかな粘性体を意味します。過冷却状態はラバー状態と呼ばれ,流動状態よりも少し硬い粘弾性体としての性質を有します。ガラス状態はここでもガラス状態と呼ばれ,硬い弾性体として振舞います。

ガラス転移とは

図1. 温度変化に伴う物質の状態変化

3.食品のガラス転移とその利用意義

食品を構成する主成分の多くは非晶質,或は結晶質と非晶質とが混在した半結晶質であり,温度変化によってガラス転移します。また,それらの多くは親水性成分であり,Tgは水分含量の増加によって低下,減少によって上昇します。これは,水が食品に対して可塑剤として作用するためです。このときの挙動について,縦軸に温度を横軸に水分含量を示した図上のTg曲線(Tgの水分含量依存性)を用いて説明いたします(図2-a)。Tg曲線より下の領域がガラス状態に,上の領域がラバー状態(溶質が低分子の場合は過飽和状態と呼ばれる)にそれぞれ相当します。食品は温度変化(縦軸方向の変化)と水分変化(横軸方向の変化)とによってガラス転移することが分かります。ガラス転移に伴い,食品の力学的性質は大きく変化するため,Tgを考慮した様々な技術戦略が提案されています。例えば煎餅,チップス,クッキーなどの乾燥食品の場合,ガラス状態にあればサクサク,パリパリとした食感が,ラバー状態にあればグニャグニャ,モチモチとした食感が生まれます。したがって,Tgを指標とした食感設計が可能となります。また,ガラス状態にある食品が保存過程において吸湿すると,ラバー状態になります。ラバー状態では食品が軟化し,構造や食感が変化します。また,低分子の溶質が共存した場合,それらは再結晶化して析出する可能性があります。したがって,Tg曲線から保存条件を評価することも可能です。対象が噴霧乾燥品などの粉体であった場合,流動性を確保するには粉体をガラス状態に設計しなければなりません。吸湿によって粉体表面がラバー状態になると,粉同士が凝集(固着)するためです。一方,粉体の改質を目的として造粒を行う場合,粉体を一時的にラバー状態にすれば粉体同士,或いは粉体とバインダーとに固着性が生まれ,効率的な操作を実行できます。
食品のTgは材料の配合によって変化させることができます。したがって,温度条件や水分条件が一定であっても,先述のガラス転移に基づく技術戦略が適用できます。例えば材料にTgが高い成分を配合すれば,食品のTgを引き上げることができます(図2-b)。その結果,高い水分含量でもガラス状態を保つことが可能となり,吸湿に対する耐性を高めることができます。一方,Tgが低い成分を配合すれば,食品のTgを引き下げることができます(図2-c)。その結果,低い水分含量でもラバー状態を保つことが可能となり,柔らかい乾燥食品を作り出すことが可能となります。食品を湿らせてラバー状態にしても同じことができますが,水分含量が高いと,保存性が損なわれます。低い水分含量でありながら,柔らかな食感を設計できる点に有意性があるのです。

食品のガラス転移とその利用意義

図2 食品のTg曲線

4.ガラス転移温度の評価

先述の技術戦略を導くには,食品および食品成分のTgを把握する必要があります。一般に,非晶質材料のTgは示差走査熱量計(DSC)によって明らかにされます。DSCではガラス転移に伴う熱容量変化をベースラインの吸熱シフトとして捉えることが可能であり,その開始点からTgを決定します。しかし,ガラス転移は緩和現象であり,その挙動は試料の熱履歴(ガラス状態に陥った経緯やその後の保存条件など)によって変化する点に注意を要します。即ち,ガラス転移は必ずしも単純な吸熱シフトとして検出される訳ではなく,吸熱ピークや発熱ピークを伴う場合もあるのです。
一例として,凍結乾燥によって調製した非晶質マルトースのDSC測定結果を図3に示します。この図には,ガラス状態にある試料をTg以上まで昇温した結果(ファーストスキャン)と,そこから一定速度で常温まで冷却後,直ちにTg以上まで再昇温した結果(セカンドスキャン)とを掲載しています。凍結乾燥後の試料において,ファーストスキャンでは発熱後に吸熱シフトが,セカンドスキャンでは吸熱シフトのみが,それぞれ確認されます。ファーストスキャンでは試料調製時の熱履歴を反映したガラス転移が現れており,凍結乾燥によって試料が熱力学的平衡から大きく逸脱したガラス状態に陥っていたことが伺えます1, 2)。ファーストスキャンでラバー状態(熱力学的平衡)を経験することで,試料の熱履歴は消去され,セカンドスキャンでは新たな熱履歴(DSCによる冷却)を反映したガラス転移が現れます。ここではファーストスキャン後の冷却速度とセカンドスキャンの昇温速度とがほぼ一致するため,典型的なガラス転移挙動(吸熱シフト)が検出されています2)。一方,凍結乾燥後に相対湿度22.5%のデシケーター内で調湿した試料において,ファーストスキャンでは吸熱ピークを伴うシフトが,セカンドスキャンでは吸熱シフトのみがそれぞれ確認されます。先述と同様に,ファーストスキャンでは試料調製の熱履歴を反映したガラス転移が現れます。ガラス転移に伴う吸熱ピークは保存過程において試料が熱力学的平衡状態に近づいたことが原因であり,Tgが保存温度よりも若干高い場合に見られます1-3)。ガラス転移に伴う熱容量変化が小さい,幅広い緩和時間分布のために吸熱シフトがブロードになるなど,試料によってはTgの決定が困難な場合があります。この場合,ガラス転移の熱応答が試料の熱履歴に依存する性質を逆手にとり,試料に任意の熱履歴を与えたときの熱応答変化からガラス転移を読み解く方法が利用されます1-3)。例えば想定されるTgよりも若干低い温度で試料を保持しておくと,ガラス転移は吸熱ピークを伴うシフトとして現れるため,検出感度を見かけ上高めることができます。

ガラス転移温度の評価

図3 非晶質マルトースのDSC測定

脂質などが混在した食品(多成分不均一系)のDSC測定では,複数の熱応答が連続的に現れた結果,明確なガラス転移が捉えられないことがあります。この場合,動的粘弾性測定や熱機械測定などの力学的手法が有効といわれています。筆者らはレオメーターに温度制御装置を取り付けることで,試料に一定荷重を与えた状態で等速昇温可能な測定システム(昇温レオロジー測定)を構築し,食品のTg測定に利用しています4)。一例として,クッキーのDSC測定結果(a)および昇温レオロジー測定結果(b)を図4に示します。DSC測定結果では油脂の融解やタンパク質の変性などに由来する複数の吸熱ピークが現れるため,この結果からTgを決定することは困難といえます。油脂の融解は温度に対して可逆的なため,セカンドスキャンにも現れます。一方,昇温レオロジー測定結果では,ガラス転移に伴う応力低下が明確に認められており,その開始点からTgを決定することができます。ガラス転移に伴う熱的変化は小さいですが,力学的変化は大きいため,昇温レオロジー測定によってクッキーのTgを捉えることができたと考えられます。

ガラス転移温度の評価

図4 クッキーのDSC測定(a)および昇温レオロジー測定(b)

5.食品におけるガラス転移温度の制御と品質設計

食品のTgは構成成分によって制御できます。筆者らは砂糖(スクロース)を用いた通常のクッキー,スクロースの40%をトレハロースおよびソルビトールに置き換えたクッキーを調製し,それぞれのTgの水分含量依存性を調べました5)。結果を図5に示します。焼成直後のクッキーは水分含量が3~4%程度にあります。この水分含量領域において,通常のクッキーのTgは室温よりも高いことから,ガラス状態にあることが分かります。これは,クッキーにサクサクとした食感が生まれる理由と考えられます。仮にこのクッキーが保存過程で吸湿し,水分含量が5%以上になると,ラバー状態になります。ラバー状態のクッキーにはサクサクとした食感は期待できないため,水分含量を5%以下に保つことが重要だと分かります。一方,トレハロース含有クッキーは通用のクッキーよりもTg曲線が高いことが分かります。これはトレハロースのTg(約114℃)がスクロースのTg(約66℃)よりも高いためです。これにより,クッキーの吸湿耐性が高まることが分かります。対照に,クッキーに使用する砂糖の40%をソルビトールに置き換えると,クッキーのTg曲線は低下します。これはソルビトールのTg(約-9℃)がスクロースのTgよりも低いためです。これにより,水分含量が低い状態でもラバー状態に設計することが可能となり,ソフトな食感のクッキーを生み出すことができると考えられます。 図5において,いずれのクッキーにおいてもTgの水分含量依存性(傾き)に大きな差は無く,糖質の配合によってクッキーの無水Tg(切片)が大きく変化することが分かります。そこで,クッキーに配合した糖質混合物の無水Tgとクッキーの無水Tgとの関係を調べたところ,挿入図に示す直線関係が得られました。この実験式を用いれば,配合する糖質混合物の無水Tgからクッキーの無水Tg,並びにクッキーのTg曲線を予測することができます。糖質のTgデータは既に幅広く調べられています。また,既報の経験則を用いれば,それらを混合したときのTgを予測することもできます。Tgを食品の品質制御パラメーターとして用いることの利点として,こうした品質予測が容易になることが挙げられます。

食品におけるガラス転移温度の制御と品質設計

図5 各種クッキーのTg曲線と糖質の影響

6.おわりに

本稿ではガラス転移の基礎から始まり,食品におけるTgの測定方法とその利用意義について説明しました。ここでは示しませんでしたが,乾燥食品にガラス転移が起こるのと同様に,冷凍食品においても凍結濃縮に伴うガラス転移が起こることが知られており,ここで紹介した事例と同様のアプローチが適用可能と考えられます6)。更にTgは等粘度温度(1012Pa∙s)を意味しますので,Tgと環境温度との温度差から,ラバー状食品の粘性特性もある程度理解できると考えられます。即ち,Tgからどれだけ温度が離れたラバー状態にあるのか,という視点でラバー状食品を捉えるのです。これらはいずれも食品のTgを理解すれば可能なことであり,新たなイノベーションを導くための重要なアプローチといえます。現在は様々な食品素材が市場に出回っています。今,注目している食品素材の効果を把握するにあたり,先ずはそのTgを理解することから始めてみては如何でしょうか。用途の明確化,他素材との差別化,添加濃度の最適化などが可能になるかもしれません。

(2015年6月)

参考文献
[1] K. Kawai, T. Suzuki, and M. Oguni. Biophysical. Journal, 90, 3732-3738 (2006).
[2] 川井清司, 黒崎香介, 鈴木 徹. 低温生物工学会誌, 54, 71-77 (2008).
[3] K. Kawai and Y. Hagura. Carbohydrate Polymer, 89, 836-841 (2012).
[4] 川井清司, 藤 翠, 坂井佑輔, 羽倉義雄. 日本食品工学会誌, 13, 109-115 (2012).
[5] K. Kawai, M. Toh, and Y. Hagura. Food Chemistry, 145, 772-776 (2014).
[6] C. Ohkuma, K. Kawai, C. Viriyarattanasak, T. Mahawanich, S. Tantratian, R. Takai, and T. Suzuki. Food Hydrocolloids, 22, 255-262 (2008).

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