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学術コラム 学術コラム 学術コラム

ストレスから脳を守るテアニンの役割

海野けい子
静岡県立大学薬学部

1.はじめに

現代は、多くの人が日常生活において何らかのストレスを感じています。適度なストレスは必要あるいは良い効果をもたらすと考えられていますが、過度なストレスや長期にわたるストレスは、「うつ」や心血管系疾患、糖尿病、胃・十二指腸潰瘍、気管支喘息、アトピー性皮膚炎など様々な疾患の発症や経緯に関与していると考えられています。脳もストレスの標的となります。強いストレスを多く感じていた人ほど、脳が萎縮していることが報告されています[1]。加齢に伴って脳は少しずつ萎縮しますが、脳の萎縮が促進することは脳の老化が促進することを意味します。認知症は「脳の老化」が重要な危険因子ですので、過度のストレスは認知症のリスクを高めることにもなります。したがってストレスを抑制あるいは軽減することは、脳を守るための重要な鍵となります。

2.社会心理的ストレス

私たちが「ストレス」を感ずる主な要因は、職場や学校、家庭における対人関係に起因する社会心理的ストレスです。そこで実験動物においても、雄動物のナワバリ意識を利用することにより、ヒトでのストレス状態に近い社会心理的ストレスが負荷されるような実験条件を考案しました[2]。2匹の雄マウスを、ステンレス製の仕切り板で2つに区切ったケージに1匹ずつ入れ単独飼育を行うことで、マウスにナワバリ意識を確立させます。その後、仕切り板を外して2匹を一緒に飼育(対面飼育)を行うことで、自分のナワバリに他のマウスがいる、というストレスを負荷しました(図1)。対面飼育により、マウスは互いを侵入者とみなし、互いの臭いを嗅ぐ、追いかける、一方が他方に乗りかかる、などの行動を示しますが、2匹のマウスはどちらも外傷を負うことはなく、体重の減少なども認められません。しかしこの対面飼育条件下のマウスは、確かにストレスを感じていることが明らかとなりました。

2.社会心理的ストレス

3.ストレス負荷による副腎の肥大と大脳の萎縮

ストレスが負荷された時、ヒトも他の動物も共通して内分泌系および神経系を介したストレス応答がおこり、ストレスに対処しています。内分泌系では、視床下部から副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)、下垂体前葉から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、そして副腎皮質からはグルココルチコイドが血中に放出される、視床下部−下垂体−副腎(HPA)軸の機能が活性化することが知られています。また自律神経系では視床下部−交感神経-副腎髄質系を介して、主にアドレナリンが分泌されます。このように副腎は感受性の高い重要なストレス応答器官であり、ストレスの指標の一つとして副腎の肥大が共通して見られます。
実験には主に老化促進モデルマウス(SAMP10)を用いました。このマウスは加齢に伴い比較的早期に大脳が萎縮するという、他の系統のマウスでは見られない特徴を示します。対照として、通常の飼育方法である群飼育でマウスを飼育しました。対面飼育を行ったマウスについて、初老期(9月齢)の時点で副腎湿重量を比較した結果、対面飼育群では群飼育群のマウスに比べ副腎の湿重量が有意に増加していました。また、大脳の湿重量を測定した結果、対面飼育群のマウスでは群飼育群に比べ有意に大脳の萎縮が促進していることが見いだされました[3]。このことから、実験動物でも社会心理的ストレスを長期にわたり受けていると、脳の萎縮、つまり脳の老化が促進されることが明らかとなりました。SAMP10は、他の系統のマウスに比べストレス感受性が高いモデルの一例ですが、対面飼育による副腎の肥大はマウスの系統に関係なく雄であれば共通して見られる現象です。

4.ストレス負荷による脳機能低下、うつ様行動の増加ならびに寿命短縮

ストレス負荷により脳機能への影響を検討するため、対面飼育条件下で飼育したマウスについて、マウスが暗所を好むことを利用した学習判定試験を行いました。予めマウスを明室に入れ、となりの暗室への入口を開けると、素早く暗室に移動します。暗室に入った時に床に弱い電流を流し、暗室に入ると電気ショックが与えられることを学習させます(図2)。この作業をくり返すと、若いマウスではすぐに学習し明室に留まるようになりますが、老齢になると学習能力が低下し繰り返し暗室に入ってしまい、明室になかなか留まることができません。
初老期の時点で対面飼育群と群飼育群のマウスの学習能を比較した結果、対面飼育群では同じ月齢であるのに群飼育群より顕著に学習能が低下していることが見いだされ、「対面飼育」というストレスにより脳機能の低下が促進されることが示されました[3]。SAMP10の場合、加齢に伴いうつ様行動が観察されることが報告されています。対面飼育群のマウスについて、強制水泳や尾懸垂試験により、「諦めて動かなくなってしまう時間」を測定することにより「うつ様行動」を評価した結果、対面飼育群のマウスではうつ様行動が高まっていることが見いだされました[3]。また、群飼育群のマウスの平均生存期間は17.6 ± 1.2月齢であったのに対し、対面飼育群のマウスの平均生存期間は13.6 ± 1.5月齢と短く、群飼育の場合の3/4に寿命が短縮していました。

4.ストレス負荷による脳機能低下、うつ様行動の増加ならびに寿命短縮

5.テアニン摂取の効果

テアニンは、茶葉に含まれるアミノ酸の中で量的に最も多いアミノ酸です。テアニンはグルタミン酸誘導体であり、脳に対する保護作用、神経伝達物質への影響、短期ストレス時の軽減効果などが報告されていることから、テアニンを長期間摂取した場合の抗ストレス効果についてSAMP10マウスを用い検討しました。その結果、対面飼育によりストレスを負荷した条件下であるにもかかわらず、先に示した副腎の肥大、脳の萎縮、学習能の低下、うつ様行動、寿命の短縮等の現象がすべて打ち消され、群飼育のマウスと同程度となっていることが見出されました[3]。これらのことから、テアニンの摂取はストレスを軽減し、脳機能の低下を抑制することが明らかとなりました。

6.ストレスと脳内グルタミン酸代謝

テアニンは経口的に摂取された後は小腸から吸収され、一部は脳血液関門のL−システムを介して脳内に取り込まれます。脳内に取り込まれたテアニンはグルタミントランスポーターに作用し、細胞外のグルタミンの神経細胞内への取込みを阻害します。グルタミン酸はグルタミンからグルタミナーゼによって変換され供給されていることから、テアニンはグルタミン酸の供給を抑制していることが考えられます。また、テアニンを摂取していたマウスの海馬では対照群に比べグルタミン酸量が低下し、γ−アミノ酪酸(GABA)が増加することが見出されました[4]。GABAは、グルタミン酸がグルタミン酸デカルボキシラーゼにより脱炭酸されることにより生成されます。グルタミン酸およびGABAは、各々主要な興奮性および抑制性の神経伝達物質であることから、テアニンは脳内におけるグルタミン酸/GABAのバランスを調節することにより、HPA軸の活性を調節していると考えられます。

7.テアニンのヒトにおけるストレス軽減作用

薬学部の学生は薬剤師になるために、病院や薬局で実習を行わなくてはなりません。大学内での生活に比べ、学生たちは緊張した状態になります。そこで学生たちに協力していただき、テアニンがストレスを軽減できるかどうか調べてみました。ストレスの程度は唾液アミラーゼ活性を測定することにより評価しました。唾液アミラーゼは直接的にはストレスに関連してはいませんが、交感神経の状態をよく反映する非侵襲的な測定マーカーであることが報告されています。また、朝は低く、活動状況に応じて夕方には高くなるという日内リズムを示します。そこで学生たちにテアニンあるいはプラセボ(偽薬、この場合は乳糖)を摂取していただき調べた結果、プラセボ群では大学での生活時に比べ病院・薬局実習時には、朝から唾液アミラーゼ活性が高く、夕方には更に高くなっていました。一方テアニン群では、朝のアミラーゼ活性は大学での生活時と同程度であり、夕方のアミラーゼ活性は高くなったものの、プラセボ群に比べ低い傾向にありました[5]。このことから病院・薬局実習時には学生はかなり緊張していたのですが、テアニン摂取は明らかに緊張を和らげる効果があることがわかりました。
また、唾液アミラーゼ活性には個人差があり、それはSTAIと呼ばれる状態不安の程度を示す指標とよく相関することがわかりました。ストレスの感じ方にはかなり個人差があるのですが、不安を感じやすい(緊張しやすい)人ほどストレスを感じやすい、ということを示唆しています。そしてテアニンはストレスを感じやすい人に対して、過剰な緊張を抑制していることが示されました。

8.緑茶とテアニン

テアニンは茶葉に含まれる主要なアミノ酸であることから、緑茶として摂取した場合にもストレス軽減効果が期待できるか検討しました。茶葉中の主要成分であるカテキンやカフェインにより、テアニンの作用がある程度打ち消されてしまうことから[2]、カフェインおよびカテキンの溶出を抑え相対的にテアニン量を増やすよう、お湯ではなく水で溶出した緑茶について、マウスを用いてストレス軽減効果を検討しました。その結果、玉露などの高級緑茶ではカフェインも多いのですがテアニンが豊富に含まれていることから、ストレス軽減効果が認められました。摘んだ茶葉を熱水シャワーで処理することによりカフェイン量を低下させた「低カフェイン緑茶」では、玉露に比べテアニン量は少ないのですがカフェインが更に少ないため、ストレス軽減効果が認められました。一般煎茶ではテアニンが少なくまたカテキンが相対的に多いため、ストレス軽減効果が弱いことが見出されました[6]。相対的にテアニン量の多い茶葉や、お茶の淹れ方(温度)に注意を払うことで、緑茶の摂取もストレス軽減効果が期待できると考えられます。

9.まとめ

ストレスの感じ方にはかなり個人差がありますが、日々のストレスをため込まないために、運動や気分転換などの方法に加え、テアニンや緑茶(相対的にテアニンを多く含む)を摂取することにより脳内の過剰なストレス応答を抑制することは、ストレスから脳を守る重要な鍵であると思われます。

(2016年7月)

参考文献
[1] Ansell EB et al., Biol Psychiatry. 2012; 72(1): 57-64.
[2] Unno K et al, Exp Physiol. 2013; 98(1): 290-303.
[3] Unno K et al, Free Radic Res. 2011; 45(8): 966-974.
[4] Inoue K et al, Biomed Chromatogr. 2016; 30(1): 55-61.
[5] Unno K et al, Pharmacol Biochem Behav. 2013; 111: 128-135.
[6] Unno K et al, Phytomedicine, in press.

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