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学術コラム 学術コラム 学術コラム

食品由来高分子多糖の機能性

水野雅史
神戸大学大学院農学研究科 教授

食物繊維とは?

食物繊維とは、人の消化酵素では消化することのできない食べもの中の成分と定義されていて、便の量を増やして便秘を防ぐ事がよく知られています。さらに、心筋梗塞、糖尿病、肥満などの生活習慣病の予防に役立つことが分かってきています。それ以外にも腸管を介して、疾病を改善する機能が分かってきています。今回は我々の研究室で見出した食品由来多糖の新規機能性について紹介させて頂きたいと思います。

炎症性腸疾患とは?

炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease:IBD)は、大腸および小腸の粘膜に慢性の炎症あるいは潰瘍を発症する疾患の総称であり、クローン病と潰瘍性大腸炎に分類されます。近年、わが国におけるIBDは、若年者(10歳代後半から20歳代)に好発しており、男女比では約2:1で男性に多い傾向にあります。その数は年々増加しており、クローン病では2000年で19,651名であったのが2014年では40,885名に、潰瘍性大腸炎では2000年で66,714名であったのが2014年では170,781名と増加の一途をたどっています。IBDは腹痛・血便・下痢などの症状を伴うが病因不明のため難病指定されている疾患です。現在のところ特定の原因は同定されていませんが、食事や腸内細菌などの環境因子が免疫異常を引き起こすために消化管内での慢性炎症が持続するなど、その病態についても解明されつつあります。特に、免疫担当細胞やサイトカイン異常については遺伝子操作動物炎症モデルで詳しく検討されてきており、マクロファージをはじめとする異物を処理する細胞やある種のリンパ球が何らかの抗原に対して異常反応することがその成因と想定されています。一方、我々の身体には、本来体と接触する多数の抗原に対して過剰に免疫反応を起こさせない仕組み、すなわち、免疫寛容という機構が備わっています。従って、通常は腸管内には管腔内微生物抗原や食餌由来抗原に対する情報伝達および免疫制御機構が備わっており、非病原性因子に対しては免疫寛容を誘導し病原性因子に対しては防御的免疫応答を誘導しているのに対して、IBD患者では、宿主の腸管内細菌性抗原に対する免疫寛容が破綻した結果発症していると考えられます。つまり、IBDでは、破綻した粘膜より腸内細菌が常に侵入し、菌体成分による直接的な刺激またはマクロファージから産生される炎症性サイトカインなどの刺激により、粘膜下に存在する抗原提示細胞が慢性的に活性化した状態と考えることができます。したがって、食生活を改善することによって粘膜およびその直下に存在する抗原提示細胞を適切に制御あるいは産生される炎症性サイトカインの影響を抑制できれば、IBD改善に寄与できると考えられます。

シイタケ中に含まれる高分子多糖

シイタケ(学名:Lentinula edodes)子実体の熱水抽出物から分離精製されたレンチナンは、グルコースのみからなるホモ多糖であり、図1に示すとおり主鎖をなすβ-1.3-D-グルコピラノース残基5個に対して2個のβ-1,6-D-グルコピラノシドが側鎖として結合したβ-グルカンです。1)レンチナンは、X線およびNMR解析から、右巻き3重らせん構造をもつと言われています。レンチナンが、多様な免疫活性を有していることは、マウスへの腹腔内投与実験によって報告されています。例えば、T細胞に関しては、ヘルパーT細胞の活性化および細胞傷害性T細胞の活性化やインターロイキン2との併用による活性、それ以外にもマクロファージからの腫瘍壊死因子を初めとするサイトカイン産生増強、NK細胞の活性化、リンフォカイン活性化キラー細胞の活性化などがあります。これらの研究から、レンチナンによる免疫賦活化機構は、自然免疫および獲得免疫において重要な役割を果たしているマクロファージが活性化することにより、T細胞免疫増強やNK細胞の活性化が引き起こされることによるものだと考えられています。さらに、レンチナンの経口投与により腸管が刺激を受け、リンパ球が活性化し、免疫能が増強することが最近明らかにされました。このほか、エイズに対する有効性も報告されています。しかしながら、抗炎症効果については余り報告がなされていません。本稿では、レンチナンによる抗炎症効果とその抑制機構について解説します。2)

シイタケ中に含まれる高分子多糖

レンチナンの抗炎症効果

インビボでのレンチナンの抗炎症効果を確かめるため、デキストラン硫酸ナトリウム(dextran sulfate sodium:DSS)誘導腸炎モデルマウスを用いて実験を行いました。図2に示すとおり、DSSを2%で添加した飲水を7日間自由摂取させました。実験期間中、レンチナン投与区と非投与区において、体重増に差は認められませんでした。一方、レンチナン(100?)投与区ではDSSによって誘導される炎症が原因で起こる体重減少と結腸の短縮が有意に改善され、レンチナン非投与区では体重減が約30%であったものがレンチナン投与区では約17%まで改善されました。また、炎症により結腸に腫れが生じるため結腸の長さが短縮されるのですが、DSS投与により約5cmに短縮された結腸はレンチナン投与によってコントロール区とほぼ同じ6cmになっていました。さらに病理組織学的解析をした結果、組織の損傷度合いを示す組織的スコアはレンチナン投与区が非投与区に比べて有意に低下していました。これらのことより、レンチナンは抗炎症効果を有していることが明らかになりました。

レンチナンの抗炎症効果

次に抗炎症効果のメカニズムを明らかにするため、疑似腸炎モデルとして構築したCaco-2細胞とRAW264.7細胞を配置した共培養系を用いて検討してみました(図3)。3)共培養系の管腔側からレンチナンを処理すると、基底膜側の培地中腫瘍壊死因子(TNF)-α量には変化が見られないものの、インターロイキン(IL)-8量およびCaco-2細胞中でのIL-8 mRNA発現が減少していることが分かりました。この現象は、コンブ由来高分子多糖であるフコイダンとは異なっていました。4)フコイダンの場合は、TNF-α量の減少に伴いIL-8 mRNA量の減少が認められました。

レンチナンの抗炎症効果

そこで、IL-8 mRNA発現における情報伝達経路(図4)の上流への影響を見るため、先ず転写因子であるnuclear factor-kappa B (NF-kB)の活性化について検討してみました。その結果、レンチナン処理することによって既にNF-kBの活性化は抑制されていました。すなわち、さらにその上流において阻害されていることが予想されたので、TNF-αの受容体であるTNFR1の発現について検討してみました。するとレンチナン処理によりCaco-2細胞におけるTNFR1 mRNA発現およびタンパク質量が減少していることが明らかとなりました。これらのことから、レンチナンによる抗炎症効果は、炎症状態下で産生されるTNF-kBを認識する受容体が減少するためであることが推察されました。

レンチナンの抗炎症効果

実際、レンチナン処理したCaco-2細胞をTNFR1抗体を用いて免疫染色すると基底膜側でのTNFR1量が減少していることが認められました(図5)。受容体が減少する代表的な原因としてエンドサイトーシスがよく知られています。そこで、TNFR1量の減少がエンドサイトーシスによるものか否かを確かめるため、アクチン依存型エンドサイトーシスの阻害剤としてCytochalasin Dを、クラスリン依存型エンドサイトーシスの阻害剤としてDansylcadaverineをCaco-2細胞に前処理した後レンチナン処理を行ってみました。その結果、両阻害ともRAW264.7細胞からのTNF-産生量には影響を与えなかったものの、DansylcadaverineのみでレンチナンによるIL-8 mRNA発現の抑制が解除されました。

レンチナンの抗炎症効果

このことから、レンチナンによる抗炎症効果は、以下のような機構が考察されます(図6)。先ずレンチナン処理によってTNFR1エンドサイトーシスがおこり、Caco-2細胞におけるTNFR1量が減少する(1)。次に、TNFR1量減少によりTNF-kBへの応答が微弱になるためNF-B活性化が抑制され、核内移行が阻害される(2)。そのため最終的にIL-8 mRNAの発現が減少し、抗炎症効果が発揮されていることが示唆されます(3)。このことは、レンチナンがIBD患者の寛解状態を維持することに貢献しうるものと考えられます。

レンチナンの抗炎症効果

おわりに

宿主介在性による免疫賦活化を介して抗腫瘍性を示すことで発見されたシイタケ由来レンチナンの新たなる機能として抗炎症効果について、その機構を含めて紹介してきました。レンチナンは高分子多糖であり腸管からの吸収はされないにもかかわらず、このような機能を示すことを考慮すると、腸管上皮細胞上に何某かの認識受容体が存在していることが推察されます。今後は、この点についても研究を進めていきたいと思っています。
今回用いた疑似腸炎モデルを使ってレンチナン以外の高分子多糖類についても同様の実験を行ってみると、大麦由来βグルカン、グルコマンナン、グアーガム分解物などにもIL-8 mRNA発現抑制活性が確認されています。この内、グルコマンナンやグアーガム分解物は、明らかにそれぞれの構成糖がレンチナンとは異なっていることから、それらを認識する受容体も異種であることが予測されます。どのような受容体が関与しているのかが解明されると、食物繊維が有する新たな生理機能へと展開されていく可能性を秘めていると思われます。

(2017年10月)

文献
1) Chihara, G., Hamuro, J., Maeda, Y.Y., Arai, Y. and Fukuoka, F. Fractionation and purification of polysaccharides with marked antitumor activity, especially lentinan, from Lentinus edodes (Berk.) Sing. (an edible mushroom). Cancer Res., 30(11), 2776-2781, 1970.
2) Nishitani, Y., Zhang, L., Yoshida, M., Azuma, T., Kanazawa, K., Hashimoto, T., and Mizuno, M., Intestinal anti-inflammatory activity of lentinan: influence on IL-8 and TNFR1 expression in intestinal epithelial cells. PLoS One. 2013 Apr 22;8(4):e62441. doi: 10.1371.
3) Tanoue, T., Nishitani, Y., Kanazawa, K., Hashimoto, T. and Mizuno, M., In vitro model to estimate gut inflammation using co-cultured Caco-2 and RAW264.7 cells. Biochem. Biophys. Res. Commun., 374(3), 565-569, 2008
4) Mizuno, M., Nishitani, Y., Hashimoto, T. and Kanazawa, K., Different suppressive effects of fucoidan and lentinan on IL-8 mRNA expression in in vitro gut inflammation, Biosci. Biotech. Biochem., 73(10), 2324-2325, 2009.

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